イジメはなくせます by弐月直也

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小説 マキャベリアン ~誰でも確実にいじめに勝つ方法~ 第一章1~14話

1 強い力をつかう

広遠(ひろとお)さんは、こう言った。
「イジメを解決する方法は、1つしかない。それは、『いじめてくる相手、――2人以上いる場合はそのリーダー格1人のみを、後ろから不意をついて、そいつが泣いて謝るまで情け容赦なく、バットでボコボコに殴り続けること』だ。そしたらもう、いじめてこなくなる」
「……え……!?」
「イジメをする人間は、自分が持っている、あらゆる力の優位さの上に立って、イジメを仕掛けてくる。イジメとは、弱肉強食の論理で、自分より弱い者に害を与え続けることだ。それだから、その相手よりも強い力を使えば、イジメをやめさせることができる。バットで人間を殴ることは、石で卵を叩くようなもので、どちらが強いかは明白だ」
「…………」
「相手より強い力を、実際に使うこと。これを、『強力行使(きょうりょくこうし)』と言う」
「……強力、行使……」
「当然ながら、『強力行使』は暴力だから、やれば犯罪になる。意地を張りたい者同士でケンカをやりたいんだったら、1対1で堂々と素手でやらなければいけない。しかし、イジメとは、弱い相手にケンカになることを仕掛けていくことだから、弱い側が感情的になってケンカで応じてしまったら、全ての力で上回るいじめる側の思惑にはまるだけだ。イジメを解決したければ、弱者は、弱者でも勝てる戦い方を選ばなければいけない。弱い者でも勝てる戦い方が、『強力行使』だ」
「…………」
「『強力行使』をやる目的は、相手が自分にイジメをしてこないようにすること、ただそれだけでなければならない。仕返しのためではなく、解決するためにやるのだ。相手を痛めつけることが目的であってはならない。だからもし、『強力行使』以外で、二度といじめてこないようにさせられる方法があるのならば、まずそれをやらなければならない。それは、『強力行使』よりも、早くて確実で、かつ平和的であればあるほど望ましい」
「…………」
「しかしながら、相手より強い力を用いずして、イジメをやめさせる方法などない。そのためにやむを得ず、『強力行使』という血生臭い手段を用いることになるのだ。『強力行使』とは、暴力でいじめっ子を完膚無きまでに叩きのめすことであり、その目的は、いじめてこようとする相手の意志を粉砕することにある」
「…………」
「そこで、『強力行使』のような暴力を使ってもよいのならば、当然、いじめっ子も同じことをやろうと考える。しかし残念ながら、いじめっ子はそのような暴力を使える理由を持っていない。『強力行使』は、いじめられている者が、自分の意思だけでは、イジメから逃れることができないという条件下で、自分を守るためにやむを得ず用いることによって筋が通る。いじめるかいじめないかを、自由に決められる者がこれを行った場合は、暴力そのものが目的となって、『半殺し』をしたことになる。『強力行使』も『半殺し』も、やることはあまり変わらない。ただ、目的が違うために、この2つは全く別のものだ」
「…………」
「『強力行使』がやむを得ないと見なされるためには、相手がイジメをどうしてもやめないという事実がなければならない。怒りにまかせて行われたり、仕返しのためであったり、正義を振りかざしたような理由をつけたり、全体としてやる側の優位性が同等以上だと認められるような場合は、他にもとれる方法があったことになり、やむを得なかったことにはならない。その場合は、やりたくてやった、『半殺し』をしたことになる」
「…………」
「『強力行使』か『半殺し』かどうかは、やった本人ではなく、世間の人々が決める。『強力行使』をやったら、陰に隠れて行われていたイジメを、世間の人々からも見える場所に引きずり出してやることになる。世間は、誰か特定の個人の味方をするのではなく、正しい理由があるほうを支持する。いじめられていることが分かれば、『強力行使』をしても、世間は悪いとばかりは責めない。反対に、もし自分がボコボコにされたら、たとえ自分のほうに非があったとしても、絶対に警察に被害届けをだせ。それも戦い方の一つだ。自分が『強力行使』をしたときも、相手を警察へ行かせればいい。『強力行使』に至るまでの事情について、警察ほど事実を明らかにできる機関は他にないから」
「…………」
「暴力を使ってはいけないとか、先に手を出したら負けとか言うのは、あくまでも一般的なもめごとや、常識内のいさかいが起こったときのルールだ。イジメの問題とは、区別して考えなくてはいけない。イジメは非常事態として扱うのだ。国家であれば、イジメは国防の問題であり、戦争を仕掛けられているのと同じこととして扱わなければ、この問題の本質を見誤ることになる」
「…………」
「それゆえに、『強力行使』は、どうしてもイジメをやめない者に対して、用いられなくてはならない。『強力行使』をやった後、それを非難する者もでてくるだろうが、他によい解決方法があるのならば教えてもらうとよい。その者たちが考え出した答えは、実際には役立たずの絵空事のはずだ」
「…………」
「極論を言えば、イジメを解決するもっとも確実な方法は、相手を殺すことだ。死んだ人間が、二度と危害を加えてくることはないから。しかし、殺人をすると実刑になるから、殺してはいけない。命だけは助けてやれ」
「…………」
「もう一度繰り返すが、イジメは、相手が何人いようが、自分1人の力だけで解決できる。『イジメをしてくるリーダー格1人に、不意をついて後ろから近づき、そいつが泣いて謝るまで、情け容赦なくバットでボコボコに殴ったら、そいつはもういじめてこなくなる』。これが半ば公然と行えるのは、相手がどうしてもイジメをやめないという事実があるからであり、結果として、いじめられている側のほうが、『強力行使』を使える理由を持てるという強い立場になる。だから、いじめられたときは、まず――落ち着け」

 


2 強い心をもつ

広遠(ひろとお)さんは、さらに続けた。
「もし自分がイジメに遭ったときは、『強力行使』をやることも辞さないという心構えを持っているだけで、いじめられなくなる。『強力行使』は、戦うためにあるのではなく、むしろ戦わないためにあるのだ。いじめっ子に『強力行使』をすれば、いじめてこないようにできることが分かっていても、実際にはやらない。そういう強い人間でなければいけない。『強力行使』は人道に反する行為で、いかなる理由があろうが、それは悪であることを肝に銘じておかなければいけない。しかし、いじめっ子は、弱い者はいじめられて当然だという、揺るぎない信念をこちらに押しつけてくる。それが自分の存亡を危うくするほど続くようならば、『強力行使』に踏み切ることも、強い人間にはできなくてはいけないことなのだ」
「…………」
「イジメをするかどうかは、相手が決める問題だ。イジメを解決するかどうかは、自分が決める問題だ。相手は自分にイジメを仕掛け続けてくるのに、それを解決しないことは、臆病というだけでなく、人間らしいとは言えないことになる」
「…………」
「いじめられているときは、他人はあてにならないし、誰も助けてはくれない。自分だけしか頼りにならない。自分以外を頼りにするのは、弱い気持ちだからいらない。友人や周囲の者たちに味方になってもらおうという、弱い心は捨てなければいけない。イジメは自分1人の力で解決できるのだから、友人や周りの人間の手を借りる必要はない。必要なのは、この問題を絶対に解決するという、強い気持ちを持つことだけだ」
「…………」
「イジメは『強力行使』でしか解決できないが、誰しもこのような犯罪を、他人のために代わりに犯してやることはできない。『強力行使』は、いじめられている者自身でないと、使うことができない」
「…………」
「『強力行使』を使うかどうかという、重大な問題について、他人の考えを借りて、決めようとしてもいけない。中には面白がって、やるようにけしかけてくる者もいるし、正しいことしか分からなくて、やめるように諭してくる者もいる。やれと言うと自分のせいにされることを心配して、やめろと言うこともある。『強力行使』をやるかやらないかは、他人の意見に左右されるべきことではない。自分一人で決めなければいけない。しかし、もし迷っているんだったら、まだやるべき時ではないということだ」
「…………」
「いじめられる原因は、『強力行使』ができないからだ。しかし、いじめっ子は、それ以外に原因があることを主張してくる。では、どちらが正しいのだろうか? それは、いじめっ子に『強力行使』をして、その後でも同じようにイジメをしてくるのならば、いじめっ子の言うことが正しかったことになる。反対に『強力行使』をしたあと、イジメをしてこなくなったら、こちらが正しかったことになる。どちらが正しいかを知るためには、実際に『強力行使』をやってみるしかない」
「…………」
「世の中を見渡せば、悪い人間たちほどいじめられないことが見てとれる。それは、そういう者たちが脅威をもっているからだ。いじめられる原因というのは、善か悪かではなく、強いか弱いかで決まるということだ」
「…………」
「しかし『強力行使』は、相手が強いか弱いかで、やるかやらないかを決めるのではない。自分に不当に損害をあたえてくることをやめない者がいるから、そのような問題を解決しなくてはならないという原則に従って行動を起こすのだ。だから、どうしてもイジメをやめないならば、どんな相手であっても、『強力行使』を用いねば仕方なくなる」
「…………」
「いじめっ子がイジメをやる理由は、相手が自分より弱いからで、それ以外の理由は建前にすぎない。『強力行使』ができる者を、いじめっ子がいじめてくるはずがない。だからイジメは、『強力行使』によってのみ解決できる。ゆえに、イジメを解決したければ、『強力行使』をする他はない。しかし、『強力行使』をすれば犯罪となる。これは、最悪の道を選ぶことだ。かと言って、いじめられ続けることも、最悪の道を選んでいることになる。どちらか1つの最悪の道を選ぶしかないときは、他人から押しつけられたほうではなく、自分の意志で決められるほうを選ぶんだ」
「…………」
「『強力行使』は、やりたくてやってはいけない。争いには消極的な姿勢でなければいけない。『強力行使』をやるときは、イジメを終わらせる方法が、これ以外にないために仕方なくやるから、その時だけは暴力を使うが、それまでは、防衛的な態度でおり攻撃的であってはいけない。相手を脅すようなことをしてもいけない。いじめられるような人間が脅しをしても逆効果なだけだ。だから、『強力行使』があることを、ペラペラと喋ってはいけない。胸にしまっておけ。誰にも話すな。言ったときは、本当にやるときだ。逆に相手の言う脅しは、全部信じろ」
「…………」
「『強力行使』をやるときは、一挙にやってしまわなければいけない。そして、『強力行使』をやるときに、気をつけなくてはいけない我々が陥りがちなことは、自分自身の良心の抵抗によって、途中で止めてしまいたくなったり、敵に情けをかけてしまったりすることだ。ケンカならばこれは必要だが、イジメでは絶対に禁物だ。そんな生半可な気持ちでしかできないならば、はじめから何もやらないほうがいい。そのようなことでは、いじめっ子はこちらを恐れないから、必ず仕返しにやってくるからだ」
「…………」
「イジメを完全に終わらせたければ、『強力行使』は最後までやり遂げなくてはいけない。『強力行使』とは、ただ殴ることではない。泣くまで殴ることだ。『強力行使』は遊びではないから、絶対に勝つ方法でやるんだ。そのためにバットを使うんだ。そのために一番油断しているときを狙うんだ。そのために後ろからやるんだ。後ろから不意をついてバットで殴れば、絶対に負けないだろう? イジメは勝ったほうが正しくなるから、勝つことが第一なんだ」
「…………」
「イジメの解決は、あいまいな幕引きをさせるのではなく、完全に勝利して終わらせなくてはならない。いじめっ子は『強力行使』をされるために生きている人間のクズなんだ。ただし、早く終わらせてやるんだ。いつまでもやるんじゃない。頭ばかり殴ってはいけない。相手に重傷を負わせることによって、世間に知られることとなり、どちらが正しいのかを公正に決めてもらって、それでイジメは終わるんだ。世間から自業自得と言われないと、いじめっ子は、自分が『強力行使』をされる理由さえ分かることができない」
「…………」
「だから『強力行使』をやると決めた相手には、人間の良心を乗り越えて、ライオンにならないといけない。ただし動物のように、興奮をむき出しにして襲いかかるのではなく、遺伝子に眠っている野獣の本能を自らの意志で、その瞬間だけ引き出すんだ。冷静なままで、早く強く本気で殴れ。人格を切り替えろ。自分を守れない者には家族や恋人も守れない。イジメを解決できない者は、今度は自分が弱い者いじめをするクズになる。いじめっ子を片輪にできるくらいの強い心を持たなくては、イジメは解決できない」


3 広遠への反論

「分かるかな、倉打(くらうち)君――」
と、広遠(ひろとお)さんが僕に尋ねた。
すぐに返事ができなかった。色々な思いが、頭の中を駆けめぐって、混乱していたから……。
僕は広遠さんに、学校でイジメを受けていることを話したけれど、まだ誰に、どのようにいじめられているのかなどを、詳しく説明したわけではない。また、広遠さんも、そんなことは別に知る必要はないと言う。
話の中で、高校にイヤなヤツらがいるということを、うっかり口を滑らせたときに、いじめられているのかどうかを、なんとなく自然に聞き出されてしまったんだ。
学校でいじめられているなんて、格好悪くて絶対に口には出せないことが、広遠さんには、ちょっとだけ素直に認めてしまった……。
広遠さんが、「いじめられることは恥ずかしいことじゃない。イジメは絶対に解決できるんだ」って言うものだから、その話を聞いてみたんだ……。
しかし……、
僕は思っていることを、広遠さんにぶつけてみることにした。
「……それを、実際にやることを想像してみると、極端すぎるというか、……どう考えても、現実味に欠けています・・・・・・」
「どう現実味に欠けていると思うのかな」
「……まず、いくらイジメをしてくる相手に対してでも……犯罪になると分かっていて『強力行使』なんてできません……」
「そうだね」
「それと……『強力行使』をして、本当にイジメが終わるのかということに、確信が持てません……」
「うん。なるほど」
「広遠さんの言う方法は、理論の上では正しいのかも知れません。でも残念ながら、現実の世界のイジメではそれはできません。広遠さんは、本当のイジメというものを知らないんです。現実のイジメって、そんなんじゃないんですよ……!」
「現実のイジメとはどういうものか、教えてもらえるかな」
「まず、広遠さんの言う『強力行使』をやるためには、イジメがあることが前提になっていますよね……」
「もちろんそうだ」
「もしイジメが、強い者が弱い者をいじめているという、誰が見てもはっきりイジメと分かるような場合なら、広遠さんの言う通り、『強力行使』をしても、世間から納得してもらえるかも知れません。でも実際のイジメはそうじゃないんです・・・・・・」
「では、どういうものなの」
「強い弱いという関係ではなく、同級生同士という対等の関係だったり、先輩後輩という関係なんです。そこでイジメは、遊びや冗談というコミュニケーションの延長として行われるから、イジメではないという見方もできるんです。イジメをイジメだと限定することはできないんです」
「なるほど」
「もし、プロレスごっこということで、みんなは手加減しあっている中で、僕だけに本気で来られている場合は、どうやってイジメだと証明できますか? もし、リーダー格に命令された人物が暴力を仕掛けてくる場合、命令されていることを感じることはできても、証明することはできないですよ。ということは、どうやってリーダー格に『強力行使』をやりますか? 持ち物にいたずらされたりした場合などは、根本的に誰が犯人か分かりませんよ。集団で無視されているときは、こちらに心理的な圧迫を与えられても、外の人に説明しても分かってもらえないですよ……相手がそれを認めないでしょうから」
「うん」
「冗談や遊びを装ってくる相手に、『強力行使』なんかやって大ケガをさせてしまえば、僕のほうは冗談と言い逃れをすることができません。でも向こうは、いくらでもごまかすことができるんです。だから、相手はイジメをしたことを認めないんですよ。この場合、世間はどっちを信じてくれるんですかね。こちらが悪いとなってしまうと、僕はどうなるでしょうか? そんな状況で、『強力行使』なんてできないでしょう? イジメとはそういうものなんです……!」
「うん」
「イジメの解決方法は、いじめられていながらも、友好的なムードを壊さないようにしながらやり過ごす方法が、ベストなんです。協調性を保ちながらも同じ意見ではないという、和して同せずの関係を保ちながら、相手のイジメをかわしていくことが、一番の方法なんですよ……。同じ学校で生活をしていかなければいけませんから、対立してしまうと、学校で過ごしにくくなりますから……」
「それも分かるよ」
「いえ、僕の立場に身を置いて考えられるくらい、イジメを知っている人でないと、この問題の難しさは分かってもらえないことです。誰も実際のイジメの空気感は分からないし、空気だから、それを説明するのは難しいんですよ。結局、イジメとは何かという、見解の相違で言い争うことになるだけなんです……」
「うん」
「だから、イジメでなく悪ふざけとみなされた場合に、こちらが本気になって『強力行使』をやってしまうのは、明らかに行きすぎです。イジメは笑いながらできても、『強力行使』は笑いながらできません。イジメというのは、印象を表している言葉なんです。だから、同じものを見ても、見る人によって印象が変わるように、イジメの場合も、それがイジメかどうかは、人それぞれに意見が分かれるのです。だからそれがイジメだったということを、全ての人が理解できるように説明することはできないんです……例えば、行為だけを見て、そこに悪意があったかワザとやったかを証明することはできないでしょう。そのために、イジメはどこからがイジメなのかということをはっきりさせられない、グレーゾーンで行われるんです」
「なるほど」
「『強力行使』がやれるものなら、僕だってそうしたいですよ。でも、現実には、できないんです……」
……広遠さんは、イジメとは何かを、ちゃんと分かっていない。
僕はイジメについて、誰よりも深く傷ついて悩んでいるから、なんとかするために、イジメについてできるかぎりのことを調べた。
それを広遠さんに説明してみることにした。

 

4 イジメとは何か

①イジメの本質、目標、3原則について
(イジメのやり方)

イジメの方法については、レパートリーが多すぎて挙げるとキリがないが、本質的には、「人が嫌がることをして楽しむ」ことがイジメだ。

だから、イジメの目的は、「人の尊厳を奪い、思い通りに支配するという快感を味わうこと」である。

それを突き詰めると、イジメの完成形は、「人を、自分よりも見下せる存在におとしめて、自分の思いどおりに支配すること」となる。

であるから、イジメの目標は、「イジメの完成形に向かって、相手の立場や抵抗力を弱めていくために必要と思われる、あらゆる行動をおこすこと」である。

それだから、イジメのターゲットには、絶対に自分より弱い者を選ばなければならない。
イジメの本質が、「人が嫌がることをして楽しむ」ことである以上、反撃されても怖くない相手を選ぶことは、当然のことである。

そして、これも当然のことだが、イジメはイジメと見られてはいけない。
イジメが悪いことであることは誰でも知っているのだから、自らすすんで悪者になりにいくような、アホな真似をしてはいけないのだ。
すると、自然の成り行きとして、イジメと思われないような別の理由を作り上げて、イジメをすることになる。

そして言うまでもなく、イジメは外部にバレてはいけない。イジメは仲間内か、もしくは自分が印象をコントロールできる集団の内だけで行われなければならない。
ごまかすことも丸め込むこともできず、イジメをとめられる強い力を持った人物に知られてしまっては、都合が悪いためだ。

一つ、弱い者を選ぶ
一つ、もっともらしい口実を作る
一つ、外部にバレないようにする

この3つの原則は、イジメをやろうと思えば自然と行き着くことで、これらを徹底することによって、いじめっ子たちは、表向きには社会規範を守りながら、何食わぬ顔でイジメをやり通すことができる。

しかも、これらのことは、何ら難しいことではない。
イジメをしやすい人間を、見つけさえすればいいだけだ。
残り2つは後からついてくる。

イジメは、弱者をターゲットに選び、偽装し、外部にはださない。
つまり、こういうことだと言える。

イジメとは、「イジメはあるが、イジメではない」のだと。

 

②イジメの定義と、見分け方について
(イジメがなくならない理由)

イジメの定義は、「正当な理由なく人や動物を虐げること、また、人や動物を虐げているように見える行為」だ。
平たく言えば、イジメとは、「イジメに見える行為」のことを言う。

他人から「イジメに見える行為」は、全てイジメとなるから、イジメという言葉の意味する範囲は、とても広くなる。
そのために、イジメという言葉の意味の中には、本来のイジメではないものも含まれていることになる。
これは、イジメという言葉が、例えば、【自分の肉体をいじめる】というような、比喩としての使い方があることからも見てとれるだろう。

このように、イジメという言葉の中には、「イジメに見えるが本当はイジメではないもの」と、「本物のイジメ」が含まれていることになる。

そして、本来のイジメは、「本物のイジメ」のことでなければならない。
それだからイジメを、本来のイジメである「本物のイジメ」と、「イジメに見えるが本当はイジメではないもの」とを区別するために、どこかで線引きをする必要がある。

「本物のイジメ」と「イジメに見えるが本当はイジメではないもの」とを区別する基準は、ある「イジメに見える行為」が、一方の人間によって、「積極的」かつ「執拗に」行われているかどうかだ。

「本物のイジメ」には、「積極性」と「執拗さ」の両方が含まれていなければならない。
イジメとは本来、快感を得るために行われるという性質上、人が嫌がることを一方的に仕掛けていこうとする「積極性」と、人が嫌がることを好んで繰り返したがる「執拗さ」とを、持ち合わせることになるためだ。

つまり、イジメを見分けるには、まず「イジメに見える行為」を、イジメとして拾い上げて、それに「積極性」と「執拗さ」の両方が認められるかどうかを判断することによって見定めることができる。
「積極性」と「執拗さ」が両方そなわっているように見えれば、それは「本物のイジメ」である。

分かりやすく言うとこうなる。
「本物のイジメ」とは、人がされて嫌と思うことを、わざとしつこくやっている行為である。

遊びなのかケンカなのかイジメなのか分からない、疑わしい行為があるとき、一方に「積極性」と「執拗さ」の両方が、わずかでも認められれば「本物のイジメ」と判断される。反対に、どれほどの暴言や暴力があっても、「積極性」と「執拗さ」が、少しでもセットで確認できなければ、それは「本物のイジメ」ではない。

ここでもう一つ重要なことは、イジメという言葉の意味の中には、イジメかどうかは、他人が判断するものだという観点が含まれているということだ。

イジメかイジメでないかを決めるのは、他人であり、当事者がどう思っているとか、直接的に行われているのか、間接的に行われているのかということとは、まったく無関係である。

このように、「本物のイジメ」と「イジメに見えるが本当はイジメではないもの」とは、理論上ではっきり区別することができるが、このようなことは、現実のイジメを知るには、何の役にもたたない。

現実の世界において、イジメの定義は、強い者が決めるのだ。

いじめっ子は、イジメの3原則を守るから、弱い者を力で押さえ込むことができ、弱い者たちの前では、自分がイジメをしていることをさらけだすことができる。
強さが同等の者たちの前では、イジメではないという建前を主張することで、非難されることから逃れることができる。
自分より強い者たちの前では、イジメは隠れてやるから、強い者や社会の大衆からは、イジメがあることは知られない。

要するに、イジメは外に発覚しないということだ。

このようにイジメは、自分たちが一番強くなれる場所でしか行われないから、そこでは、いじめっ子が一番強くなる。

そのために、現実の世界において、イジメかどうかを決めるのは、強者であるいじめっ子であり、いじめっ子が作ったイジメの定義とはこういうものだ。

イジメとは、「イジメはあるが、イジメではない」。

 

③イジメができる才能と、集団のコントロールについて
(スクールカースト)

イジメをやるのに、特別な知識や技術などはいらない。
必要なものは、人を虐げることに罪悪感を感じない能力、いわば、イジメができる才能を持っていることだ。

それを持っているだけで、彼ら彼女らは、人から恐れられて、仕方なく敬われて、究極的にはルールを超越した、特別な存在になれる。

ふつうの人間がイジメをやってしまうと、たとえ相手が悪い原因を持っていたとしても、幸せな気持ちを感じることができずに、嫌な気持ちになる。
しかし、イジメができる才能を持つ者は、イジメができる相手さえ見つかれば、もっともらしい理由をつけることによって、イジメをやり続けることができる。

彼ら彼女らにとってイジメは、楽しいだけではなく、強くて賢くて格好良くて、イジメは正義なのだ。

彼ら彼女らが、自分たちがいる小集団を、自分たちにとって居心地の良い居場所にするためには、ただイジメをすればいいだけだ。
それだけで、自分たちの力を誇示し、その小集団では、強者として君臨することができる。

そうすると、周りの者たちはトラブルを避けようと、身構えるようになる。
他の者たちは、彼ら彼女らを上回る力をもっていない場合は、ルールを曲げられる彼ら彼女らに対して、正しいことが言いにくくなる。
その上で、協調性を保とうとすると、多少のことには目を瞑り、彼ら彼女らに合わせることになる。
彼ら彼女らにいじめられている者がいても、自分を守ることにさえ気を使っているのだから、他人のために、自分に災いを呼び込むようなことはできない。

また、イジメは個人同士の、私的な問題を理由にして行われるから、他人が進んで介入することがそもそも難しい。
私的な問題を追求できるほど、他人に権限はないし、誰もすすんで面倒なことに関わりたいとは思わない。

そのために周囲の人たちは、正しいことを言うと逆恨みされて、彼ら彼女らと敵対関係ができてしまうという考えが働き、自然とそれを避けようとするため、彼ら彼女らは、その集団の中で上に立ち、集団をコントロールできる立場になる。

彼ら彼女らが力を持った小集団社会では、ケンカが強い者ほど地位が高くなる。
腕力と度胸が者は敬意を払われるが、気の弱い者はとるに足らない者となる。不良の者ほど地位が高くなって、真面目な者は下っ端となる。
見つからずにルールを破ったり、人を騙せるヤツが賢い者となって、躊躇なく人を傷つけられる者ほど自信を持つことができ、見栄えがよく異性からもてる者は一目おかれ、早熟な者ほど健全となって尊敬され、ズルいことができたり、相手をビビらせられる人間ほど、そこでの身分が高くなるという不文律ができあがる。

彼ら彼女らが支配的になった環境下では、強い者がルールを決めるため、彼ら彼女らに対する拒絶は敵対心と見なされ、告発は告げ口となり、指摘は非難と受け取られる。
そのために集団内の他の人たちは、彼ら彼女らとの関係に波風を立てまいとするようになって、正しいルールよりも、力のルールに合わせざるを得なくなり、彼ら彼女らの立場を悪くするような事実は、黙認されるようになる。

つまり、そこではどんな人でも、「イジメはあるが、イジメではない」という雰囲気に、合わせてしまうことになるのだ。


④ターゲットのコントロールについて
(イジメが発覚しない理由)

たとえイジメの要因が、いじめられる側にもあるにせよ、いじめっ子がイジメのターゲットに選ぶ相手は、自分より弱い者でなければいけないから、いじめられる側がもつ要因というのは、イジメがおこる原因とはいえない。

初めからいじめっ子は、自分がコントロールできる相手しか選ばないのだ。
だからイジメは、いじめっ子のほうが、絶対的に優位な立場となる。

イジメができる才能に恵まれし者たちは、力、狡さ、数的優位性などに加え、攻撃性が高いことによって、ターゲットに脅威を与えることができる。

ターゲットは、自分が不利だということを理解するならば、正面衝突を避けて、危険を回避する方法を探ることになるだろう。

しかしながら、イジメができる才能の持ち主たちは、さまざまな表向きの理由を作っては、「積極的」かつ「執拗」に、かかわりあいを持とうとしてくる。
それに対して、友好的な態度をとれば、友情を建前にして相手のいいように利用してきて、反発すると、それを理由に制裁を加えてくる。
ターゲットがどのような反応をしても、イジメができるようにすること。
これがイジメの一つのパターンとなる。

また、いじめられている者は、イジメを受けていることを人に話さない。脅されていたり、仕返しされるのを怖がっていたり、家族に心配をかけたくないためだったり、自分に原因があると考えていたり、人に話した所で何の解決にもならないと思って諦めていたり、自分がいじめられていることを認めたくないというプライドがあれば、いじめられているという印象を周囲に与えないように振る舞うようになることもある。

いずれにせよ、ターゲットが自分からイジメの隠蔽工作に協力してくれることほど、いじめる側にとって都合のよいことはない。

イジメは、いじめられている者が、進んでイジメを隠そうとするばかりか、イジメではないように見せようと、自ら進んでいじめっ子の思い通りにコントロールされるから、周りから見れば、ますますイジメかどうか判別しづらくなる。

それは、こういうことだと言える。
「イジメはあるが、イジメではない」のだと。


⑤イジメが起こる環境について
(イジメが起こる責任は誰にあるか)

イジメは、2人以上の人間が、一定の共同生活や協力関係を余儀なくされた、容易には抜け出せない集団社会で、外の世界の人たちから自由に干渉されない状態、他の世界の人たちと自由に接触を取ることができないような閉ざされた環境の中に、イジメができる才能をもった人間がいるときに起こる。

学校には、イジメがおこる環境が、最初からお膳立てされているようなものだ。
特に、学校が警察の介入を拒んで、法の光を遮断しておきながら、教員たちには、生徒間で行われる不法行為を見破って、適切に指導できる能力がないとするならば、学校がイジメの温床になることもうなづけるだろう。

イジメは、①弱みのある相手を選んで②イジメと思われない表向きの理由を作り③自分たちより強い者からは隠れてやる、という3つの原則を守りながら行うのであった。
そして、イジメの完成形である、「虐げるための対象として支配すること」を成し遂げるために、もっとも知恵のある方法は、いじめるターゲットを、自分たちの仲間の一員として、囲っておくことだ。

この方法であれば、完璧に偽装しながら、ターゲットをとことんいじめ倒すことができる。そして、これができる環境も条件も、学校にはばっちり整えられている。
その環境下では、脅迫、恐喝、暴行、強姦、詐欺など、どんな犯罪でもできるようになる。

犯罪にまでなるのは極端な例にしても、究極的にはその完成形を目指して、思いつく限りの嫌がらせを実行することがイジメの目標だった。
そしてイジメの本質は、「人が嫌がることをして楽しむ」という、人を虐げることで快感を得ることであった。

盗んで利益を得ること、人を陥れること、暴言や暴力をあびせて、鬱憤を晴らすこと、ルール違反をしてスリルを味わうこと、金銭を要求して不当な利益を得ること、人の持ち物を横取りすること、屈辱を味わわせること、相手の気持ちを無視して性的欲求を満たすこと、ルールに違反することで得られる全能感、我が意志を押し通せる万能感などが、感情を高ぶらせて、自分を気持ちよくしてくれるのだ。

イジメができる才能に恵まれし者たちは、イジメをやることによって、手っ取り早く快感を得るという目的を達成することができる。
それがそのまま、彼ら彼女らがイジメをすることを突き動かす衝動となる。

そして、いじめる側はイジメの3原則を守ることによって、外からは知られることなく、いじめらている者は誰にも助けを求めず、同じ集団にいるその他の人々も目をつぶってくれるため、自然とイジメを看過して隠匿する体制ができあがる。
外部の者に助けを求めたところで、イジメかどうかが分からないから解決することはできない。

その集団の中で、独裁者となった彼ら彼女らは、誰にも咎められず、自分自身に恥じることもないから罪悪感を覚えることもなく、自分達に与えられた特権のようにイジメをして、気の済むまで快感を貪りつづけられるのである。

そうして時間が経つうちに、その集団のそれぞれは、イジメをやることも、やられることにも、見ることにも慣らされていく。
その集団では、イジメはあることが自然であり、あって当然であり、日常の風景の一部ようになんの違和感も感じなくなっていく。

つまり、イジメとは、こういう状態のことなのだ。
「イジメはあるが、イジメはない」のだと。


5 ゴールをみすえる

――こうやって、僕がこれまでイジメについて調べたことを、広遠さんに説明した。
「イジメはあるけど、イジメではない。これがイジメの正体なんです。イジメは、イジメではないように偽装して行われるから、外からはイジメに見えないし、イジメじゃないことにしてしまえるんです。イジメがあることを証明するのは、難しいことなんですよ……!」
「つまり、イジメとは騙し絵のように、イジメでないように見えるようにして行われている、ということだね」
「そうです。イジメが見えないのに、もし僕が『強力行使』をしたら、世間の人たちは、やむを得ない理由があったことを分かってくれるでしょうか? 分からなければ、僕が悪者になるでしょう」
「それはそうだ。イジメかどうか分からないのに『強力行使』をやれば、単なる犯罪か、倉打君のほうがいじめっ子だということになる」
「でしょう。だから、『強力行使』なんて、実際のイジメには物の役に立たない解決方法なんですよ……!」
「『強力行使』は、真っ直ぐにやってしまうと、自分が刑務所に行く諸刃の剣だ。イジメを解決するということは、ただイジメを終わらせるだけではなく、その後も、元の平穏な生活に戻らなければ、本当に解決したことにはならない」
「……そうですよ……!」
「『強力行使』を用いた上で、そうなるためには、『強力行使』以外には解決する方法がなかったと、誰が見ても分かる状態に持っていかねばならない。そう持って行くためには、一見、遠回りの道を進んでいるようで、一番の近道になるという手順でやるんだ。詰め将棋を解くみたいにね」
「……そんなことができるでしょうか……?!」
「誰にでもできる。そのためには、『強力行使』をやる前に、絶対にそろえなければいけない、2つの条件がある。先にこの条件を、1つ1つ順番にそろえなければ、『強力行使』をしてはいけない」
「……2つの条件って……?」
「まず1つめの条件は、『相手が自分にイジメをしてくる事実があって、それをやめない意思を確認したこと』だ」
「…………」
「2つめの条件は、『教師に、イジメをやめさせてもらうように頼んだが、それでもやめさせることができなかったという事実があること』だ」
「…………」
「この2つの条件を間違いなく満たせていれば、『強力行使』を使っても、本物の解決ができることになる」
「……どうして条件は、たった2つだけでいいのですか・・・・・・?」
「それは、イジメを解決する方法が『強力行使』しかないと言ったのは、自分の力で解決することが、一番確実で信用がおけるからだ。もし、他人の力を借りることも方法のうちに入れるのならば、『強力行使』の他にも、イジメを解決できる方法が、あと二つある。『強力行使』以外で、イジメを解決する方法があるならば、まずそれをやらなければいけないから、その二つの方法は、先に絶対に試さないといけないんだ。そして、必要な条件が2つでいいというのは、その二つの方法をためして相手がイジメをやめなければ、自動的に2つの条件がそろう。つまり先に、二つの方法をすることによって、『強力行使』しか残らなくなるのだ」
「……その、二つの方法とは何ですか……?」
「一つは、『いじめっ子にイジメをやめるように言うこと』。もう一つは、『教師に相談すること』の二つだ。この二つに、『強力行使』を加えると、イジメを解決するための方法は、全部で三つあることになる。いや、イジメを解決する方法は、環境の変化や偶然をのぞけば、いじめっ子本人の意志でやめるか、教師に頼んでやめさせてもらうか、自分でやめさせるかという、この三つの方法しかないのだ」
「…………」
「2つの条件がそろうということは、こちらは平和に解決するために、できるかぎりの手を尽くしたが、それでも相手はイジメをやめないということになり、最後に残った三つめの、自分でやる、『強力行使』を使うしかなくなる。つまり、2つの条件がそろえば、『強力行使』を使っても、世間の人たちは、それを悪く言うことはできないことになるのだ」
「…………」
「倉打君も言っていたように、いじめられているからと言って、それだけの理由で『強力行使』をやってしまえば、世間の人々は、本当にイジメがあったのかどうかは分からないから、こちらが悪いと言ってくる。しかし、この2つの条件を間違いなく満たしていれば、こちらは争いを回避するために努力をしたことと、本当にイジメを受けていたことを世間に証明することができる。それなのに、どうしても相手がイジメをやめないから、最終手段の『強力行使』に踏み切らざるを得なかったことを説明できる。そこまでしてようやく『強力行使』がやむを得なかったことを、世間の人々に理解してもらえるようになるのだ」
「ちょっと待ってください……!」
「うん」
「2つの条件なんて、作れないです……」
「どうして?」
「言ったでしょう。相手はイジメでないようにイジメをしてくる。イジメはイジメをしている事実なんかないように、いくらでもごまかせるんです。イジメとは印象を表している言葉で、イジメはあるけどイジメはないんです。だから、イジメがある事実も、相手がイジメをやめない意思も、確認なんかできないんですよ。ないことにできるんですから。ないものを確認することなんかできないでしょう!? そして、2つめの条件というのも、先生に告げ口することですよね。そんなことをしたら、よけいに僕の立場が悪くなるだけです……! イジメとはそういうものなんです……!」

 

6 自分のペースにもっていく

広遠さんは、僕の言うことに静かに耳を傾けたあと、再び話を続けた。
「それは、イジメでないようにイジメをするという相手の都合に、倉打君も一緒になって合わせしまっているからだ。イジメは、真っ当そうな理由をつけたり、友人のフリをしたり、遊びや冗談を装って行う。イジメとは人を騙すことなのだ。倉打君は、イジメはイジメでないように行われることを、すでに分かっているのだから、相手の策略を見抜いていることになる。だから、相手の都合に合わせるのではなく、相手をこちらの都合に合わさせるようにしなければいけない」
「……こちらの都合……?」
「いじめられているというのは、確かに格好悪く感じることだ。だから、それを認めたくないために、相手が描き上げた騙し絵のイジメではないほうの見え方に、一緒に合わせてしまいたくなる気持ちは分かるが、これまで話したように、本当はいじめられているほうが強い。相手の都合は、イジメでないように見せながらイジメを続けたいということだから、反対に、こちらの都合は、自分がイジメを受けているという立場をはっきりさせなければいけないのだ」
「…………」
「それだから、『強力行使』を実際にやるためには、2つの条件がないとできないから、まずは1つめの条件を作ることから始める。1つめの条件は、『相手が自分にイジメをしてくる事実があって、それをやめない意思を確認したこと』だった。だから自分は、相手に合わせるのでもなく、やり返すのでもなく、逃げるのでもなく、ただ『相手が自分にイジメをしてくる事実があって、それをやめない意思を確認したこと』を作って、イジメがあることを確かなものにするのだ。イジメがある事実を自分で作るんだ。それによって、どちらが加害者でどちらが被害者なのかを、誰が見ても分かるようにはっきりさせられる」
「具体的には……どうやればいいんですか……?!」
「――やめて下さい。と言うだけだ」
「やめて下さい……? そう言ったら、素直にやめるとでも思っているんですか……!?」
「いや思わない。もし、――やめて下さい。と言って相手が素直にやめたのなら、それで終わるから良し」
「…………」
「――やめて下さい。と言っても、相手がやめなければ、相手が加害者で自分が被害者という形ができる。イジメなのか冗談なのか分からないような曖昧な形ではなく、相手が嫌がらせを仕掛けているという形になる。つまり、自分がイジメを受けている被害者であるという事実を、明らかにできる」
「でも・・・・・・例えば、大勢に囲まれて冗談のように楽しげに行われている場合、……1人だけでそれを言えるでしょうか・・・・・・便乗してからかう者がでてきたり、みんなを敵にまわすことになりますよ……」
「周りの子分たちがどんなにイジメに加担してきても、倉打君が相手にしなくてはいけないのは、リーダー格1人だけだ。そいつにさえ『強力行使』をして泣かせてしまえば、子分たちは何もしてこなくなる。子分たちの相手をまともにしてはいけない。いっぺんに大勢の相手をせず、まずリーダー格1人に集中するのだ。周りの子分たちが、からかってはやし立ててこようが気にしなくてもいい。楽しい空気なんか壊してもいい。みんな知らないだけで、『強力行使』ができる自分のほうが強いのだ。こっちの方が強いのだから、遠慮する必要はない。自分のペースに持って行くんだ。いずれにせよ、ここで肝心なのは、やめてほしいという意思を、相手の目を見てはっきりと伝えることだ」
「…………」
「相手は、自分が『強力行使』をされるなどとは、夢にも思っていないだろうから、倉打君が期待していた反応をしないことで、よけいに反感を抱いてくるかも知れないが、やめて下さい。と言っただけで相手を激高させる危険はまずない。挑発したり脅してたりしているのではなく、当然のことを頼んでいるだけだからだ。これは自然な反応でありながら、1つめの条件を作るための静かなる攻撃でもあり、相手からは攻撃をされないという防御をも兼ね備えた、攻防の一手となる」
「…………」
「当然ながら、それで素直にやめるほど相手は賢くない。なぜかと理由をしつこく聞いてきたり、勝手な持論をまくし立ててきたりと、挑んでくる態度を崩さないような場合は、相手の質問に答えるのではなく、――やめないと言うことですね? と相手にやめる意志がないことを確認してやるのだ。こちらの都合は、イジメをやめるか、やめないかをはっきりさせることだ。そのどちらでもないまぎらわしいことをやらせてはいけない」
「…………」
「相手の思うようにさせるのではなく、こちらの思うように持って行く。相手が直接イジメのようなことをして来たときは、やめるかやめないかを相手に確認するように聞き返せばよい。周りにいる人たちにも聞こえるくらいに、はっきりと言わなければいけない。ただし、それは喧嘩腰でやれと言っているのではない。相手に理解を示すように、柔らかい物腰で聞き返すのだ。相手がしてくる行為を要約して伝えられると一番いい。嫌がらせをやめないということですね。脅迫、強要すると言うことですね。名誉毀損になりますよ。理由があれば人が嫌がることをしてもいいということですね・・・・・・。相手に自分の体を触らせてはいけない。体に触られたりした場合は、――暴力になりますよ。と、聞き返すのだ。こちらの都合は、『相手が自分にイジメをしてくる事実があって、それをやめない意思を確認したこと』を作ることだから、そのために必要なことだけを聞き返して確認し、1つめの条件を作るのだ」
「…………」
「相手がやめない、と言い切ってくれた場合は、後から言った言わないとならないように、その言葉を繰り返して、――やめないということで、間違いないですね、と念を押しておく。いずれにせよ、挑んでくるような態度をあらためないのであれば、そいつは自分から『強力行使』をされに来ていることになる」
「…………」
「相手がどんなイジメをしてきても、やり返したり、相手のマネをして手を出してはいけない。こちらが『強力行使』をやるためには2つの条件がいる。それまでは、小競り合いに応じることなく、必要な条件ができるように、相手を追い込んで行くのだ。『強力行使』を一気にやるときまでは、怒りをこらえてタメを作っておくのだ。ここでのやり取りが一番難しい。自制心がいるからだ。議論に持ち込んではいけない。落ち着いて冷静になって、ただひたすら、『相手が自分にイジメをしてくる事実があって、それをやめない意思を確認したこと』という、1つめの条件をそろえることだけを考えるのだ」
「…………」
「そして面倒だが、これらの流れを、日を置いて、何回か繰り返してやる必要がある。何回かとは何回なんだ? と聞かれれば、3回だ。だがあくまで重要なのは、1つめの条件があることを、揺るぎない事実として世間の人たちに説明できることであって、回数が重要なのではない。暴力を奮ってきたり、犯罪になるようなことを強いてくるような相手なら、危険だから1回でも充分な場合もあるし、暴言を吐いたり侮辱してくるだけの相手ならば、それがみんなに周知されて、揺るぎない事実ができあがるまでは、しばらく泳がせておいたほうがよいこともあるだろう」
「…………」
「ここまでしても相手がやめないようであれば、三つしかない方法のうち、いちばん始めに試さなければいけない、『いじめっ子にイジメをやめるように言う』という、いじめっ子自らの意志でやめることを求める方法では、解決できなかったことになる。その結果、『相手が自分にイジメをしてくる事実があって、それをやめない意思を確認したこと』という1つめの条件ができあがる。これで、『強力行使』をやるために必要な条件が、まずは半分そろったということだ」

 


7 負けない形をつくる

「一つめの方法で相手がやめなければ、必ず次は、二つめの方法を試さなくてはならない。二つめの方法は、『教師に相談する』こと。すなわち、教師の力でやめさせてもらうことだった」
「…………」
「さっき倉打君は、これをすると、先生に告げ口をする卑怯者になると気にしていたけれど、それも相手の都合に合わせてしまっている。別に、先生に頼まなくても、『強力行使』をしたら、自分でやめさせられるんだ。でも、このようなことをやりたくはないから、わざわざ先に、二つの方法を試すという遠回りをして、無血で終わらせる機会を与えてやっているんだ」
「…………」
「すでに、1つめの条件ができたならば、すぐに担任の先生に相談だ。――困っていることがあるので相談がありますと、はっきりと言いにいこう。そして、これまでのいきさつを正確に話して、もし自分にも悪い原因があるのならば、それも隠さず正直に話さなくてはいけない。このときに、いじめられていると、はっきり言ったほうがいい。でないと教師は分からない。相手がどうしてもやめないから、間に入ってもらって、やめさせるように取りなしてほしいとお願いするんだ」
「…………」
「もし、担任ができないと言うなら、できる先生に相談しなければいけない。相談を受けた先生は、おそらく、相手や他の生徒たちに、それが事実かどうかの確認をとると思う。そして、倉打君の言ったことが事実そうであれば、相手に二度とやらないように指導をして、イジメは終わる。普通のイジメであれば…………」
「…………」
「しかし、いじめっ子がこの状況を自分でコントロールできると考えるならば、イジメはやめない。いじめっ子は、こちらの悪い点だけに焦点を当てて、教師の説得を試みようとしたり、イジメではない絵に見せようとしてくる。多くの先生は、それを見破って打開することができない。教師はイジメが何かを知らないし、知っていても、教師からイジメは見えにくい。他にも経験不足だったり、面倒に感じていたり、好んでいじめっ子の肩を持つ場合など様々な理由によって、イジメの解決には至らない。所詮『教師に相談する』という、他人に依存する方法では、確実にイジメを解決することなどできないのだ」
「…………」
「だがたとえ、教師が協力してくれなくても、解決できなくても、問題はない。ここでも重要なことは、この二つめの方法を間違いなく試したことだ。だから、『強力行使』をした後、先生がイジメの相談をされたことなど覚えていないと言って責任逃れをしても、倉打君は、本当に先生に相談したことを、後から証明できなければいけない。そのためには、先生にも3回相談することだ。3回もやれば、それが確かなことを、誰にでも説明できるはずだ」
「…………」
「1回めの相談では、『強力行使』があることは言わずに、教師を信頼してすべてまかせればよい。それで、翌日までに解決できないようであれば、2回めの相談からは、他の先生にも加わってもらうように要請しないといけない。相談に加わってもらう先生は、多ければ多いほどいいが、3人もいれば充分だろう。特に天皇の悪口を言う先生がいたら、その先生にも加わってもらうとよい。その先生は、『強力行使』をした後、警察沙汰にしたがらない可能性が、他の先生よりも高いためだ。他にも、しっかり物事を説明できるような同級生がいたら、一緒についてきてもらうとなおよい。そして、教師には3回しか相談しないことも、事前に伝えておかなくてはいけない」
「…………」
「2度めの相談では、これがイジメであることを、教師に理解してもらわなければいけない。教師は、本当にイジメを分からないから、自分が受けているこのような行為が、うれしいことなのか嫌なことなのか。ルールやモラルに違反してはいないかとか。許容できるレベルと思うか、どちらがわざと仕掛けている側か、どちらが攻撃的か、報復的なのか、どちらが陰湿だったり、ごまかそうとしているのかとか、それをやらなければいけない事情はどのようなものなのか、どれほどそれをやる必要があるのか、同じことを誰がしてもクラスを健全に運営できるのかということについて、教師が判断できるように、心の中で思っていることではなく、もう一度、起こった事実だけを教えないといけない」
「…………」
「そして、それによって自分がどういう不利益な状況に置かれているかということを、教師に説明しないといけない。イジメはいじめっ子からすれば娯楽で、教師からすれば生徒指導の問題のひとつというだけかも知れないけれど、こちらからすると、安全がおびやかされている、安全保障の問題となることを分かってもらうんだ。イジメは学校の問題として扱わなければいけない。だから、警察や相手の親に報告するかどうかは、教師が判断することだ」
「…………」
「それでも教師が解決できずに、3回めの相談まできたら、ここで、『強力行使』をやれば、自分でも解決することができることを先生に教えてあげなくてはいけない。自分でもできるんだと。しかし、そのようなことをやりたくないから先生に相談しているのですと。いじめられているということは、ケンカを売られているのと同じことなのだと。それを、こちらが我慢してあげているから、ケンカになっていないだけなんだと。もしこちらが我慢するのをやめたら、いつでもケンカになる。イジメを最短で解決する方法を知っているのに、永遠に我慢をしてケンカにならないようにする方法のほうが分からないと。イジメはしてもダメだけど、されることもダメだから、解決しなければいけないんだ。もし教師たちで解決できないなら、そのときは、自分で解決するしか方法がなくなりますと」
「…………」
「イジメは騙すことだから、口実をつけてやります。相手がイジメをする理由は、僕が『強力行使』をしないからです。『強力行使』をしたら、イジメをやめさせられるんです。でも、これをやると犯罪になるから、したくはありません。しかし、相手にやめる意志がなく、先生たちでもやめさせることができないならば、残った方法は自分でやるしかありません。『強力行使』以外で解決できる方法があればそれをやりますけど、他の方法を僕は知りません。このままイジメをやられ続けるか、『強力行使』をして終わらせるかの、どちらかを選べと言われれば、『強力行使』をやるほうを選びます、と言って、教師たちで解決できない場合は、間違いなく、『強力行使』をやることを伝えておくのだ」
「…………」
「このようにして、3人以上の教師に3回相談しても、イジメが解決されないようならば、2つめの条件も満たされることになり、負けない形が出来上がる。つまり、いつでも『強力行使』ができる体勢が整うわけだ」

 

8 DQNを知る

「イジメの意味は広いために、誰もがイジメの加害者にもなりうる。しかし普通の人間なら、イジメをしても自分から嫌気がさして、長続きせずに自然にやらなくなる。もしやめなかった場合でも、人から注意されたりすれば楽しくなくなってやめる。人間には道徳が備わっているから、普通のイジメならば、二つの方法を試している間で終わるのだ」
「…………」
「しかし周囲がどう言おうが、人を虐げて喜び続けたい欲求を押し通す者がいる。そういう人間は、どれだけ人から人気があろうが、どれだけ優れた能力を持っていようが、どれだけ見栄えがよかろうが、DQN(ドキュン)と言う」
「……ドキュン……?」
「そういう者たちのことを、もう面倒だからDQNと呼ぼう。DQNとは、デリンクエント【DelinQueNt=不良】の略として使われているネットスラングらしい。決して不良タイプの者だけがイジメをするというわけではないけれど、いじめっ子のことをDQNと呼ぶことは便利だ。だから、私がここで言うDQNとは、イジメをやめない者のことだ」
「…………」
「DQNも我々と同じ姿をしているから、外見では見分けがつかない。DQNなら誰もが、品のない格好をしているわけではない。DQNと我々とを分けるものは、道徳が身についているかいないかだ。DQNは道徳を持っていない。道徳とは、人として守るべき行いのことだ。特に、道徳のない者は、じわじわと人を痛めつけることができる」
「・・・・・・・・・・・・」
「道徳がある者と、道徳のない者とがケンカをすれば、道徳のない者のほうが断然有利になる。単に相手を倒すだけならば、反則をすれば勝てるからだ。だから、争いごとが起こったときは、道徳のない者が道徳のある者をいつでも上回ることとなる。ケンカは人を殺せる者が強い。この世には、悪いことができる人間のほうが強くなるという法則があるのだ。それを自分の強さにしている人間は、人から恐れられることで、日常のあらゆる交渉で優位に立ち回ることができるため、自信を持つようになり、道徳のある人間を下に見ることができる」
「…………」
「さらにDQNは、弱肉強食の思想を持っている。これは弱肉強食は自然の摂理だから、弱い者が強い者に従うのは当然だというものだ。昔、知り合ったDQNが言っていた。カギを付けたまま置いてある自転車は、盗んでくれと言っているようなものだ、と。これは弱肉強食の思想をうまく言い表している。これをイジメに置き換えると、弱い者はいじめてくれと言っているようなものだということになる。つまりイジメは、いじめられるほうが悪い。これこそがDQNのモノの見方であり、考え方であり、DQNそのものなのだ」
「…………」
「一方でDQNは、人からよく見られたいという願望を、人一倍に強く持っている。だがこれは、DQN有利の法則や弱肉強食の思想と、しばしば衝突する。悪事を働きたいけれど、悪者呼ばわりされたくはない。法律に背きたいけれど、犯罪者になりたくはない。イジメをしたいけれど、悪く言われたくはないのだ。道徳を持たないDQNは、DQN有利の法則によって一般の社会では強者となり、弱肉強食の思想を実践することで、自分の立場を優位に固めながらも、さらに、人からはよく見られたいと考えている。この矛盾した要素を並び立たせるためにはどうすればよいのだろうかという、ごまかしの考え方が、DQNの行動の根幹にある。泥棒の場合ならば、人が見ていないところで物を盗めばいいという答えをだした」
「…………」
「DQNには道徳がないからと言って、道徳というものを理解できないわけではない。むしろ厄介なことに、道徳が我々の心を動かせるものだと言うことを、経験から非常によく学習している。我々以上に道徳をよく知っているのだ。DQNは、道徳を他者をコントロールするための道具として使うことができる。完成されたDQNは、大勢の前では、いかにも立派な道徳がある人間のごとく振る舞っていることだろう。道徳は、普通の人々にとっては、血や肉と同じで身体の一部となっているから、切り離すことができない。しかし、DQNにとっての道徳は知識でしかないから、衣服のように必要に応じて着たり脱いだりできるのだ。DQNが、DQN有利の法則を使って優位に立ち、弱肉強食の思想を実践しながらも、同時に、人からの尊敬を得るという離れ業を実現するために見いだした解答は、すなわち、人が持つ道徳を利用するというものである」
「…………」
「他者をコントロールするために道徳を利用する方法は、主に2種類ある。1つは、さっきも言ったように、自分に道徳があるように発言するということだ。これはシンプルに人々に対して説得力を持つことができ、信頼を得て、尊敬されることさえできる。人々はDQNの言行一致を判定するよりも、とりあえずはその言葉に納得してしまうためだ」
「…………」
「もう1つは、道徳を守るように他人に要求するということだ。DQNは、ほとんどの人間を道徳で縛りつけることができる。例えば、ケンカのとき、相手を卑怯者とののしったりして、相手にはルールを守って戦わせようとしておきながら、自分が負けそうになったら卑怯なことをしてくる。相手にはルールを守らせた上でDQN有利の法則を使えば、よりたやすく勝利を収めることができる。そして、もしこの方法を、道徳のある者がマネをして使おうものならば、DQNは相手の道徳違反を声高に非難して、精神的にダメージを負わせることができる。これはDQNが、巧みに道徳を利用して人間を操作するほんの一例に過ぎないが、このようにして、DQNは人をだますことで、利益を奪い取ることができる術を心得ているのだ」
「質問があります……」
「何かな」
「もし本当に、DQNに道徳がないんだったら、ひとつの疑問が思い当たります。DQNが困っている老人を助けてあげたり、小さい子供を守ってあげたりしているのを見かけることがあります。芝居をしているのではありません。それはどうしてですか?」
「その疑問にはこう答えよう。DQNは、喜怒哀楽や愛情や優しさや恐怖や正義感といったような感情は、我々と全く同じものを持っているのだ。だから、そのような行動は、感情に素直になればできることで、道徳があって行動しているわけではない。道徳と感情とは、つながってはいるが、それぞれ別のものなのだ」
「…………」
「怒りに震えて人を殴りたいと思うことは誰にでもおこりうる感情だから、とてもよく共感できるだろう。一方で、実際に用いられた暴力に対しては、あまり共感することができない。それは道徳と感情を、2つとも持っているからだ。自分より弱い相手が、どれほど理不尽なことを言って自分を怒らせようとも、簡単に暴力を使わない理由は、半分は、それが人から悪とされて、自分の立場が悪くなることがイヤだからという損得計算が働いているからだが、もう半分は、人をそれほどまでに痛めつけること自体に抵抗があるためだ。つまり我々の場合は、暴力を使いたいという感情に対して、損得計算の他に、道徳がブレーキをかけているのだ。もし我々にも道徳が欠けていれば、暴力や悪事に駆られる感情を、自分で押さえ込む力は今よりも貧弱になる」
「…………」
「私たちは、普段、自分に道徳が備わっていることを意識していない。いや、道徳が何かさえもよく知らない。あることが当たり前すぎて見えないのだ。しかしDQNにとって道徳は、便利に利用できるメカニズムとして映っている。それだからDQNは、道徳的に優れたようなことを言って、人を誘導することもできるし、道徳を説いて、人の行動に制限を加えることもできる。また、道徳を盾に人を非難して罰を与えることもできるし、自分の不正が明るみにでた場合は、人の道徳心に訴えて許してもらえるように操作することもできる。このようにして、DQNが目的を達成した――、すなわち、結果を出した、という事実は、人々が、物事の結果だけを見て評価をするという風潮によって、意志と行動力との研鑽によってなされた偉業と同等に扱われて、賞賛されることもある。そのためにDQNは、誰よりも優れた人間のようにそこにいることがあるのだ。DQNは、道徳を持っていないが道徳は知っている。人の行いを道徳で非難して、自分は非道徳を行う者、それがDQNだ」


9 チェックメイトする

広遠(ひろとお)さんは、条件のことに話を戻した。
「3人もの先生がさじをなげた場合や、DQNが、先生の指導に逆らってイジメをやり通すと言うのであれば、非常に分かりやすい。『強力行使』を使ってやめさせるしか方法がなくなる。また、相談した教師の全員が、世間の前でも態度を変えることなく、イジメはいじめられるほうが悪いと言ってくれるのならば、それも良いだろう。その学校では、こちらも同じようにDQN有利の法則を使って、さらに強い力でイジメ返しをすればいいことになる。また、相手が反省して謝るのだったら、もうそれで問題は解決したことになる」
「…………」
「しかし実際には、そのどれでもない、形だけのものになって、尾を引くことが多い。まずDQNは反省なんかしない。道徳のないDQNがイジメをやめるときは、それをやれば自分の損になると思ったときだけだ。だから、DQNはイジメをやめずに続けてくる。DQNからすれば、自分のほうが強いのに、弱者の要求に従わされることに不満が残る上に、教師の力に頼ったことを恨みに思うからだ」
「…………」
「それは我々が望むゴールではない。だから、こちらに必要なのは、反省や謝罪よりも、教師ら立ち会いの元でDQNに、『次からは許しませんよ』とはっきりと告げて、それを確かに聞いたという返事をもらうことと、今後一切、『こちらがイヤと思うこと』をしない、という約束ができるかできないかを、DQNに決めさせることが重要となる」
「…………」
「その約束をするかしないかは、DQNが好きなほうを決めるとよい。先生には、その答えを聞いた証人になってもらう。そのとき、『こちらがイヤと思うこと』とは何なのかをDQNが質問してきたら、それこそが『こちらがイヤと思うこと』だとして累積されるが、そんなことをいちいち教えてやる義務はないから、自分で考えさせればよい。分からなければ、約束をしなければいいだけの話なのだ」
「…………」
「そして教師たちは、DQNが謝っていたら、問題は片づいたと考えるだろうから、教師たちにも――できるだけのことはやってくれたということでいいですね、と確認しておく。もし何かあったらまた言いに来いと言われても、これが3回めの相談だったら、――もう先生たちでは手に負えないと思うので、先にも言ったとおり、次は自分でやりますと断っておく。先生たちが協力してくれたことに対しては、お礼を言っておこう。教師を敵に回すメリットはないし、DQNは教師を味方につけてくる」
「…………」
「そしてDQNを先に帰した後で、先生たちには、『こちらがイヤと思うこと』をしない、という約束を、DQNがしなかった場合は、また何かしてくるということだから、――いずれ『強力行使』をやることは避けられないと伝える。約束を受け入れた場合でも、――DQNが少しでも、『こちらがイヤと思うこと』をしたときは、イジメの状態は継続中と解釈するから、約束はウソだったということになって、『次からは許しませんよ』と伝えた通り、間違いなく『強力行使』をやりますと言う」
「…………」
「そして、『強力行使』は隙をついて突然やるわけだから、相手は何もしていないのに殴られたと主張するだろうけれど、何らかの『こちらがイヤと思うこと』をしていることは間違いないと、断っておかなくてはいけない。ただ、何をしたかは、必ずしもうまく説明できないかも知れないと。しかし、何もして来ない相手に、『強力行使』をするようなことはしない。それができるのならば、もっと早くにやっているんだ」
「…………」
「DQN自身が『強力行使』をされることを、まったく知らなくても問題はない。大事なのは、世間に説明できることだ。そんなことよりも、DQNが、自分がやられる前にやろうとしてくることに警戒しておかなければいけない」
「…………」
「だから相手が、何らかの『こちらがイヤと思うこと』をした時は、間違いなく『強力行使』をやります。ちょっとしたことでも見逃さずにやります。言葉通りのことが起こるので、その時は驚かないでくださいと。場所は学校の中でやることも決まっています。ただ、いつやるかだけは決まっていません。相手がやりたいときにやってくるように、こちらもやりたいときにやるとしか言えません。今日かも知れないし、数ヶ月後かも知れませんと」
「…………」
「こうして、今、2つの条件がそろった。DQNに、『次からは許しませんよ』と伝えているから、もし、『こちらがイヤと思うこと』をすれば、『強力行使』を用いても致し方ないという、一応の筋が通る状態になったのだ」
「…………」
「これで、DQNをチェックメイトしたことになる。将棋でも王を捕るまでは続けないものだが、この場合も、まだDQNが『こちらがイヤと思うこと』をして挑んでくるならば、王を捕るまで、すなわちDQNに『強力行使』の鉄槌を振り下ろすまでやらなければいけない。今までは、『強力行使』を使わないですむように努力してやっていたけれど、これからは、強い心をもって『強力行使』を使う方針に切り替えるのだ」
「…………」
「もしかしたら教師は、いじめっ子を指導するよりも、倉打君に我慢してもらっていたほうが簡単に片づくから、『強力行使』をさせないようになだめてきたり、ひどい場合だったら、脅してきたりすることがあるかも知れないけれど、本来は、倉打君をおさえつけるのではなくて、いじめっ子のほうを処分して全体を維持することが、この人たちがやらなければいけないことだと、私は思う。そして倉打君は、自分自身の肉体や精神や尊厳を守ることを、先生の教えや規則や法律を守ることよりも優先したとしても、2つの条件さえあれば、文句を言える人間は、この世に多くはないと思う。その先は、倉打君自身が、もしも自分の家族がいじめられている立場だったらどうしてほしいかを考えて、自分で決めたらいい」
「…………」
「チェックメイトしてからは、すでに負けている相手と戦っていることになる。DQNが偉そうにしてきたり、挑んでくるような直接的な態度があれば、『強力行使』をやるのは当然だが、ラッスンゴレライのようなことでも、『強力行使』をしなければいけない」
「ラッスンゴレライって……?」
「仲間内でしか分からない言葉を使って、悪口を言っていたり、またそのようなことをしているとこちらが思うような、紛らわしい言動があることだ」
「…………」
「DQNは言い逃れが得意だから、『こちらがイヤと思うこと』を、自分が勝手に決められると思っている。ここまでは大丈夫とか、これは他の理由があるからいいのだといった具合でだ。しかし、それを決めるのはDQNではなく、こちら側だ」
「…………」
「例えば、倉打君がいる前で、DQNが誰かとひそひそ話をしていただけでも、こちらからすれば陰で悪口を言っているのかと思うこととなるし、非礼に感じる言動や、からかっているのかと思うような態度があっただけで、それを『こちらがイヤと思えば』『強力行使』ができる。そこに、DQNが本当に嫌がらせをする意思があった証拠などいらない。そのようなことに証拠など出せないし、いくらでも言い逃れができるから問いただすだけ無駄なことだ。勘違いしてはいけないことは、DQNはもう、こちらに嫌なことをしたらダメなのではなく、『こちらがイヤと思うこと』をしたらダメなのだ」
「…………」
「『こちらがイヤと思えば』『強力行使』ができるから、DQNにいちいち理由を説明する必要などはない。DQNは自然の摂理と、見せかけの道徳で、一見、筋の通ったことを述べるが、根底にはごまかしがある。DQNは警察の取り調べでも、本当のことを言わないのだ。たとえ本当にDQNに悪意がなかった場合でも、原則はこちらの感情が優先される。『強力行使』は、問答無用で決行しなければいけない。DQNが言いたいことは、『強力行使』をやる前ではなく、した後で言わせてあげることが大事だ」
「…………」
「つまり、こういうことだ。本当に何もしていないDQNに、いきなり『強力行使』をしても大丈夫だということだ。なぜなら、『こちらがイヤと思うこと』をしたことなど、後からいくらでも思いつきを言えばよいのだから」
「…………」
「チェックメイトしてからは、倉打君がDQNに備えるのではなく、DQNが倉打君に備えなければいけなくなる。DQNの命運は、もうこちらが握っているのだ」

 

 

 

10 法律について

「では、2つの条件を満たして、『強力行使』すればいいんですね」と僕が言ったら、広遠さんは「待て待て、『強力行使』はしたらダメだ」と、あわてるようにそう言ってから、笑った。
「えっ……!?」
「そんなこと私に聞くな。『強力行使』をしていいですかと尋ねられて、してもいいと答えられる人間などいない。私は、『強力行使』をやれと教えているのではない。それをやるかやらないかは、自分で考えて、自分で答えを出すんだ。他人の意見は関係がない」
「…………」
「私は、本当にイジメがあるのかも、本当に倉打君のほうが被害者なのかということも、自分で確認したわけではないから知らない。実際は、ただのケンカなのかも知れないし、倉打君のほうが、いじめている側だということだってありうるからね。どんな争いごとでも、双方の意見を聞いて判断しないといけない。私は今、何も事情を知らない中で、いじめられている場合は、イジメを解決するには、こういう方法しかないということで、話をしているだけだ。こういった知識は、正しくに伝えることが難しい。DQNがこの話を聞けば、簡単に『強力行使』をはじめだすおそれがあるから」
「…………」
「『強力行使』をやれば犯罪になる。これは、我々にとって重大な問題だ。犯罪などやりたくはないのだ。犯罪になれば家族に迷惑がかかるし、自分の未来も危うくなる。我々にとってその代償はあまりにもでかい。刑務所に入ると、――倉打君は少年院になるのか。そこでもまた、いじめられるのではないかと心配にもなる」
「…………」
「暴力は犯罪だが、イジメを解決するために『強力行使』をして、逮捕されるかどうかは、実際にやってみないと分からない。それは2つの条件が、どこまで認められるかにかかっているだろう。警察官だって、泥棒がいるからという理由だけで拳銃を使うと、法律違反になるが、その泥棒が凶器を手にして向かって来たときなど、状況によっては射殺しても違法ではなくなる場合がある」
「…………」
「それから断っておくが、私は法律のことは何も知らないから。もし法律のことが知りたければ、弁護士に聞いてくれ――。ただ、私個人の考えとしては、イジメごときの問題で、弁護士を雇ったり法律に詳しくなる必要などない。そんなことより、常識や道徳が身についているほうがいい。『強力行使』が違法になるのは分かっているけれど、私ならばイジメという緊急の事態には、自分の自尊心や身体や財産を守ることを第一に行動すると思う。自分の命よりも大事に法律を守っていたら、世の中、DQNのやりたい放題になってしまう。守ってはいけない法律もあるのだ」
「…………」
「『強力行使』をしたことが、傷害罪や私刑や自力救済として有罪になるのか、正当防衛や緊急避難が認められて無罪になるのか、精神的な問題があったことになって減刑されるのか、過剰防衛に問われるのか、他にどうなるのかは法律家が決めることだから、私には分からない。私に分かっていることは、イジメは『強力行使』をやらなければ、やられ続けるということと、やるなら相手が泣くまで殴らないと、絶対に仕返しをされるということだ。そして、刑務所にぶち込まれた場合のことまで考えると、『強力行使』を徹底的にやり遂げていたほうが、そこでいじめられる危険が下がる」
「…………」
「これは私見だが、『強力行使』をしても、逮捕されることはめったにないのではないかと思われる。ましてや実刑となると、さらに珍しいことではないか。まず、おそらく教師が警察に通報したがらない。先生たちには再三イジメの相談をしているし、先生らの指導が無効なときに『強力行使』をやることを伝えている以上は、教師たちも責任から逃れることは難しくなるから。イジメは学校でおこる問題で、学校では教師だけがイジメをやめさせられる権限を持っている。DQNには責任をとる能力がないものとして考えると、イジメが起こる責任の半分はこちら側にあるとしても、残りの半分は、学校に負ってもらわなければいけない。『強力行使』を学校でやるのはそのためだ。教師が殴られたわけでもないのに、学校が警察に通報する利点はないと思われる。警察を介入させるのかどうかは、学校の判断にゆだねればいい。こちらは、誰に何を聞かれても、あったことを正直に話せばいいだけだ。倉打君が自分から進んで警察に出頭するときは、DQNからの報復を恐れる場合のみとなる」
「…………」
「これもよく分からんが、DQNのほうが警察に被害届を出したり、民事裁判をおこす確率も低いと思われる。大体、DQNが被害届を出そうが裁判をおこそうが、これまで自分がしてきた所業が明らかになっていくだけだ。DQNもそこまでバカではないだろう。だがそうなった場合、法律がどういう判決を下すのかは、私が知るかぎりのことではない。法律はDQNほど優遇されるように機能しているフシがある。また、DQNの親が政治家だったりしたら、負けることもあるのかも知れない。勝負から運を排除することはできない。だがおそらくは、顔見知りで、身元も分かっている者同士なのだから、刑事事件にも民事裁判にもならずに、学校が間に入って、内々で話をつけようとするのではないかな・・・・・・。損害賠償を請求されるときは、必ず弁護士を通させなければいけない。イジメは、いじめられたままならば、いじめられ損で終わるであろうし、『強力行使』をすれば、DQNの自業自得ということで、一件落着する可能性が高い」
「…………」
「反対に、もし『強力行使』をやらなければどうなるかは予見できる。それは、正しいことが何なのか分からなくなって、胸を張って生きていくことができなくなる。もしくは、こちらが裁判をおこしたとすれば、責任をとるという概念を持っていないDQNを相手に、多大な金と時間と労力とを費やして、人生を無駄に消耗していくかのどちらかになるだろう」
「…………」
「この両面から考えると、こちらが裁判をおこすのではなく、いじめられた時は『強力行使』をして、DQNに裁判をおこさせるように仕向けるほうがマシだ。どちらにせよ、DQNとはかかわった時点で負けなのだから、イジメには勝つことが大事なのだ」

 

 

11 勇敢であること

「話はまた戻るけれど、2つの条件とかチェックメイトしたとか言うのは、私が勝手に言っているだけのことで、DQNや一般の人が理解することはできない。それを理解しているのは、我々だけだ。つまり、チェックメイトしたというだけでは、自己満足しているだけで、問題はまだ解決していない」
「…………」
「特にDQNが一番、すでに自分が負けていることを理解できていない。DQNは都合が悪くなれば、問題をうやむやにして、何かと自分が優位な立場を占めようとしてくる」
「…………」
「だから、チェックメイトした後のDQNが、まだなおも『こちらがイヤと思うこと』をしてくるようであれば、まだ戦争が続いているということと解釈されるから、『強力行使』をして、はっきりと分かる形で勝ちを収めにいかなければならない。相手がこちらを害してこようとする気持ちを完全にへし折ったときに、イジメを解決できたことになる。これまで話したとおり、イジメは戦争学に分類されるべきで、戦争では勝ったほうが正しくなるからだ。教育の問題ではない。本当にいじめられているならば、2つの条件を作るまでにはただならぬ忍耐がいる。その努力は、問題を完全に解決するためにあったのだ。敵がこちらに勝負を挑んできて、勝てる機会があるのに反撃をしないというのは、戦いの理念に反する」
「…………」
「しかし『強力行使』は、ケンカではなく問題解決の手段としてやるから、怒りにまかせて行ってはいけない。自分が一番冷静な時を待って、それから3時間から3ヶ月くらいは、間をあけてもいい。必ずDQNが他のことに気を取られているときに、突然、後ろからやるのだ。DQN自身は、『強力行使』をされることも知らないし、それを決行する、正確な場所と日時を知っているのも、自分だけでないといけない」
「…………」
「DQNの行動原理は、やり返してこない弱い相手からは何を奪ってもよいが、強い相手には攻撃してはいけない。というものだが、我々の場合は、相手が誰であれ、2つの条件がそろったら『強力行使』をやるという原則に従う。敵を恐れるあまり原則に背くと、それをDQNに嗅ぎ取られて、弱味としてつけ込まれることになるだろう。恐ろしい相手ほど、やるときは完全にやり遂げるほうが、かえって安全なのだ」
「…………」
「それでも、実際にやるとなると、法律のこと以外でも、『強力行使』を思いとどまらせるような、様々な不安がわき起こってくる。これで本当に、完全に終わらせられるのだろうかと?」
「…………」
「例えば、DQNやその仲間が、後から仕返しにくるんじゃないか? 途中でヘマをして見つかってしまったら、DQNの子分が加勢してきて袋叩きにされるんじゃないか? 先生やクラスメイトたちはDQN側の味方について、学校には自分の居場所がなくなるんじゃないか? 進学で不利になりはしないか? 大きな事件になったら親にまで迷惑がかかって、親が仕事を辞めなくてはいけなくなるかも知れない……等々」
「……とくに……仕返しは本当に怖いです。家族にも降りかかってくるかも知れませんから……」
「DQNが仕返しをしてくるかどうかだが、まず、仕返をしようなどと思わせないくらいに、『強力行使』をやり遂げていなければならない。もし仕返しをしようものならば、『強力行使』より上は、殺し合いしかないことを分からせるのだ。それができれば、DQNにとって我が身ほどかわいいものはないから、仕返しをしてこない」
「…………」
「子分たちが仕返しにくるという心配も、まずない。DQNたちは一枚岩ではない。ただ気の合う者同士で連んでいるだけだ。ノリと成り行きでリーダー格に従っている。DQNのリーダーは、DQN内におけるDQN有利の法則で決まっただけで、尊敬や信頼の上に成り立っているわけではない。ましてや子分たちだって、自分たちが『強力行使』をされるような目にあいたくはない」
「…………」
「次に、こちらが『強力行使』をやろうとする直前や、している最中に、DQNやその仲間から反撃されることだが、それは大いにあり得る。こちらも相手を殴るのだから、当然だろう。『強力行使』は、全てを賭けてやるのだ。だから絶対に失敗しないために、時間も場所も自分で決めて、武器を持って相手の背後から不意をついてやる。それなのに、中途半端な気持ちでしか人を殴れないようでは、間違いなく子分らが加勢にきて袋叩きにされる。だから『強力行使』をやるときは、覚悟を決めて、黙って早く強く殴り続けるのだ。最初の一撃で動けなくしなければいけない。子分たちは、こちらが弱ければ加勢に来る。それでも勝てる自信がないようでは、やらないほうがいい。私は『強力行使』を、やれと教えているのではないのだから」
「…………」
「次は、クラスメイトたちや教師がDQNの味方につくか――。イジメがあるクラスでは、DQNが、重要人物として居座っている。しかし、DQNは所詮、DQN有利の法則を強みにして自らの地位を確立させているにすぎない。ただし、恐れられているということは、尊敬されているのと同じことでもある。DQNが幅を利かしているクラスでは、他のクラスメイトたち一人一人が、本来発揮できる良質のパフォーマンスは妨げられている。そのために、内心では快く思っていない者も少なからずいるのだ。そこに、『強力行使』で問題を解決するという結果を残せば、こちらを支持する者も現れるようになる。だからクラスで孤立するはずがない。結局、教師も全体の空気を読むことになるだろう。ただし基本的な理念は、『強力行使』なんかはするべきではない」
「…………」
「最後は、倉打君の親の仕事だが、そんなことがどうなるかまでは分からない。だけど、子がいじめられるのは、親から譲り受けたものだ。親の仕事にまで飛び火したときは、『強力行使』をしたことが、どれだけ致し方なかったかを周囲に理解してもらえるかどうかということ、つまり、2つの条件がどれだけ確かなのかが重要となるかも知れない。『強力行使』をやるまでに、DQNのイジメに対して、耐えていた期間が長ければ長いほど、それを見ていた者が多ければ多いほど、その確かさはより強固とはなりえる。あとは運任せだ……」
「…………」
「ただ一つ言えることは、『強力行使』を思いとどまらせる、このような不安の感情に押し流されるよりも、自分を信じて勇敢に行動したほうが、よい結果をもたらすことのほうが多いであろうということだ。勝てる見込みのほうが高いときは、勇敢に行動したほうがいい。2つの条件が揃えば、『強力行使』をしたほうがいいのだ。人生に一度ならば、こういうことがあっても、トータルで見て悪くはならない」
「……それでも、本当に仕返しをされないと言い切れるでしょうか……? 相手のバックには、誰がいるのかも分からないですよ……」
「相手が筋金入りのDQNの場合なら、報復されることもある。だから、それに備えるために、2つの条件を確実なものにしなければいけなかったのだ。2つの条件があるために、相手がイジメをやめないからやるという大義名分を掲げられることになり、世間の多数から、『強力行使』がやむを得なかったことを納得されれば、その力は強い。これはDQNが拠り所にしている弱肉強食という自然の摂理よりも大きい、宇宙の法則だ。宇宙の法則は、人間の見識で否定できるものではない。それに逆らってまで、報復をしてくるということは、愚か者になりにくるということだ。筋金入りのDQNと言えども、中々できることではない。だが、それでも報復をしてくる場合が、絶対にないとは言い切れない。では、報復を恐れて、『強力行使』をやらないほうがいいのか……? 答えはノーだ。それでは原則に反する。そういう場合は、こう考えるのだ。『強力行使』をしても、仕返しをしてくるほどのDQNであれば、『強力行使』をしなかったとしても、結局は、全てを奪われる。自尊心も財産も命も、すべてだ。どのみちDQNにすべて奪われるのだったら、『強力行使』をして、一矢報いてから奪われたほうがマシだと。イジメは戦争だから、『強力行使』もあるのだ。だから、『強力行使』をやるときは、人生を賭けて勇敢にやり遂げたほうがよい。運命は勇敢に行動したほうの味方をすると言われている……」

 

12 集団無視を解決する(実体なきイジメ・間接的イジメ)

「あとは……、プロレスごっことか、見ていないところで持ち物にいたずらをされた時とか、集団無視や、子分に攻撃させてくるイジメの場合はどうしたらいいのかと言っていたね……」
「はい……」
「プロレスごっこの場合は、1つめの条件を作りやすいだろう。今まではフェアでないことが分かっていながらも、争うのではなく友好関係を保つことを優先する方針をとっていたが、これからは問題を解決するために、手の平を返して、自分が被害者という形を作っていけばいいんだ」
「…………」
「物を隠されたり壊された場合は、早めに教師に被害があったことを報告しておこう。それが教室内でおこったのであれば、その時間帯の間に、教室を出入りした人間を絞っていけば、犯人を割り出すことができるかも知れないが、教師はそれをしないだろう。これがイジメの一部として行われていたとしても、そのときには犯人の特定はできないかも知れないが、最終的に『強力行使』をした後で、そいつを疑って、そいつが関与していない証拠をそいつに出させればいい」
「…………」
「集団無視についてはだが、……クラスの全員から無視されるということはまずない。もし、クラスの全員から無視されていると感じていたら、それは思い違いだ」
「…………」
「なぜかというと、学校のクラスには、20人以上もの人間がいるのだろうから、その全員がDQNと結託してイジメに協力することなど、まずおこりえない。もしあったとしたら、それは一時的に、みんなが全体の空気に合わせて、おもしろ半分でマネしているだけだ」
「…………」
「学校には、いろいろな考え方を持った人間が集まっているから、クラスの中にはDQNも混じっている代わりに、正義感のある人物や、善悪の判断がつく者だっている。DQNに無関心な者もいれば、反感を抱いている者もいる。仮に倉打君がいじめられて当然だという空気ができあがっていたとしても、そういう方法で制裁を加えることを、嫌に感じる者も中にいる。しかし、イジメは誰も助けることができないから、みんな黙っているだけだ」
「…………」
「だから、多数から無視をされているときは、全員が敵のように感じられるかも知れないが、決して、全員が完全なる敵ではない。倉打君がいじめられているところを見たいと思っている人間は、DQNが泣かされるところを見たいと思っている人間でもあるのだ。今は強い側の味方について、一緒になって喜んでいるだけのことだ」
「…………」
「ただ、集団無視を特定のグループからされようが、全員からされようが、イジメを解決するために見据えるゴールは、例外なく、DQNのリーダー格に『強力行使』をやることだ。しかし問題は、集団無視という間接的に行われるイジメの場合は、イジメの実体を証明することができない。様子がおかしいことを感じるというだけで、危害を加えられていることを誰かに納得させられる説明ができない。行為者は、直接手出しをしていないから、イジメの実体を隠匿しながら行えるために、尻尾を捕まえることができない。実体がないから、こちらは二つの方法を試すことができない。よって2つの条件も作れない。では、どうするか――」
「…………」
「とりえあずは何もしないことだ。それを受け入れて、知らないように振る舞う。影響力を無視して、DQNがこちらにダメージを与えているという実感を伴わないように感じさせて、より直接的なイジメの方法に切り替えてくるのを待つ。直接的なイジメならば、これまでに説明してきた手順で解決できる」
「…………」
「どうしても直接の方法に切り替えてこない場合、DQNが皆に、こちらの悪口を吹聴すれば吹聴するほど、周りを巻き込めば巻き込むほど、イジメが続けば続くほど、危害を加えてこようとするDQNの思惑が、全体に知れ渡ることとなる。それはイジメがあることを、自分で宣伝してまわってくれているのと同じことだから、最後にはこちら側の有利に働く。日陰ではDQNの味方が多くても、陽の当たる場所に戦場を移せば、こちらのほうが正しくなり、みんな正しいほうに乗り換えるのだ」
「…………」
「DQNに操作された、周囲の者たちからの圧力を感じるようになると、DQNによる宣伝の効果が、全体に行き渡ってきたひとつの兆候かも知れない。決して周囲の者とは争わずに、必ず教師に相談するという形をとって、『強力行使』に持っていくための下地を作るのだ」
「…………」
「教師に、――リーダー格のDQNがみんなを扇動して、自分を無視するように危害を加えているように感じることを伝える。相談する目的は、教師に集団無視をやめさせてもらうように頼むことではなく、『集団無視、もしくはこちらがそう思うような行動があることをはっきりさせたい』ということだ。だから、――DQNが集団無視をやるならばやるでよいから、こちらを攻撃するという態度を、明確にした上でやってほしいのだと。こちらが分からないようにコソコソとされることに困っているのだと。だから教師には、その有無を確認してほしいとお願いするのだ」
「…………」
「集団無視という間接的なイジメの方法では、DQNのリーダーが加害者だということは、感覚的なものでしかないから証拠が出せないし、教師がそれをDQNやクラスメイトに確認しても、おそらく誰も認めないだろう。というより、DQN以外にはイジメをしているという自覚がないこともある。他の生徒たちからすれば、ただ悪評を聞かされているだけだから、特にそれを問題視するほどのこととは思っていない。生徒たちからすればイジメではなく、誰でも言い得るレベルの噂話を聞かされているだけなのだ。だから、多数の生徒たちがイジメと認めないかぎり、教師は大勢の意見を信じるだろうから、こちらの被害妄想だと結論づけるかも知れない。それでも問題はない。大事なことは、トラブルとなる火種があることを、教師に知っておいてもらうことだ。そして次に、集団無視のしくみを教師に教えてあげなくてはいけない」
「…………」
「集団無視の仕組みは、リーダー格のDQNが、こちらの悪評を周囲に広めることによっておこる。無視も1人だけでやってくれるのならば、問題にはならないのだけれど、それではダメージを与えることができないから、DQNは必ず周囲の人間を利用して、こちらを陥れようとしてくるのだ。DQNの仲間同士ならば、具体的な言葉に頼らなくても意志の疎通ができる場合もあるだろうが、普通は、なんらかの誹謗中傷をすることで、こちらの評判を下げて悪者に仕立て上げ、意気投合する仲間を増やしていき、こちらを多人数で取り囲んで、孤立させるように仕向けてくる。その結果、こちらは誰が敵か味方かが分からなくなって、周囲の人たちに疑心暗鬼や、自分が疎外感を抱くようになるという、精神的な被害を受けることになる。つまり、中心となるDQNには、イジメをやるという意図がある」
「…………」
「しかし、さきにも言った通り、教師がその事実を確認することは難しい。DQNとその仲間たちは、利害を共にしているために、しらを切るだろうし、他の生徒たちは、だまし絵という二面性の、イジメではないほうの解釈にフォーカスした意見を言うであろうから、誰に聞いても、はっきり分からないことしか言わない。そもそも周囲の者たちは、知らぬ間にDQNの手駒として、参加させられている形になっているだけなのだ。そういうわけで、集団無視という、だまし絵のイジメの面は、教師の立場からでは、絶対に見えないと説明するのだ」
「…………」
「――そこで、『強力行使』をやれば、僕の言うことが正しいか、みんなが言っていることが正しいのかを、先生にも見えるようにできますと提案する。今の状態は、僕がいじめられているという劣勢の立場だから、他の人たちは優勢なDQN側に意見を合わせているけれど、『強力行使』をして、こちらがDQNに勝利したという結果さえ出せば、こうなった原因が何にあるかを、先生にも話してくれる人がでてくると思います。結果が変われば世論は変わるから。『強力行使』をやれば、どちらが事実なのかを証明できますと。もしみんなが、僕が全く何も悪くない相手を殴ったと言うのなら、そのときは、僕の被害妄想だったことを認めましょう。もし先生が、集団無視、もしくはこちらがそう思うような行為はないと結論づけるのならば、僕はそれが間違っていることを、先生にも分かるようにしたいです。そのためには『強力行使』をせねばなりませんが、これをやると大問題になります。僕は自分が悪者にされたまま、ずっと嫌がらせに耐えていればいいのか、それとも、『強力行使』で解決をして、イジメがあったことを先生にも分かるようにしたほうがいいのか、どうしたらいいですかと、教師に決めてもらうのだ」


13 広遠の横顔

「『強力行使』をやるかやらないかは、ひとまずは先生たちの指示に従うんだ。ここでも、3人の先生に意見をもらうとよい。当然ながら、先生たちが口をそろえて、してもいいと言うことなどないだろうから、――それでは、してはいけないと言うことですね、と確認をして、自分も同じ意見ですと同意する。ただし、相手が害を加えてくる以上は、いつまでもサンドバッグになることに耐えられる自信はありません。解決できる問題は解決しなければいけませんし、やるときは最短の方法でやることになりますと、断っておくのだ。イジメは、いじめられているままでは、僕のほうが悪いようになりますが、解決すれば、僕のほうが正しいことにできるのですからと」
「…………」
「隠れてやるイジメとは違って、『強力行使』をやれば、なかったことでは済まされない。大きな事件になって、なぜそんなことをしたのかという原因を、周囲から追及されることになる。その時に、本当にイジメがあったのならば、誰かそれを知っている者が必ずいるはずだから、その事実を話してくれる。それを引き出すためには、『強力行使』によって、完全に勝利していなければならない。勝利という結果だけが、DQNが考えた筋書きを書き換えられるのだ」
「…………」
「『強力行使』をやるためには、それがやむを得なかったことが、誰からも分かる事実がなければならなかった。そのために、2つの条件は絶対に必要だった。ただし集団無視のような、実体を証明できない、間接的なイジメを仕掛けられている場合は、DQNを泳がせて充分に宣伝させておいてから、『強力行使』を用いることによって、周囲からの事実の証言を引き出すことができるようになる。そして、イジメの実体が明らかにされた後に、やむを得なかった事情が証明されることになる」
「…………」
「ただしこの場合、イジメの実体を解明できる証拠は、他人の証言に頼らざるをえない。他人が物事をどうとらえているかは分からない。だからこちらには、やむを得なかった理由が認められるという確信はなく、絶えず不安がつきまとうことになる。このように、集団無視のような間接的なイジメを解決するために『強力行使』を用いるには、自分の見解を信じる勇気に加えて、果断さがより重要となる」
「…………」
「最後は、子分を使って危害を加えてくるDQNの場合だ。このDQNが一番危険だ。このタイプは役割を分担することによって、いくらでも責任逃れができると考えている。DQNは殴れと言っただけで、子分は命令に従っただけ、という具合でだ。そのためにDQNは、自分ではやれないような残酷な命令を下すことができるし、子分は、ためらわずに命令に従うことができる。そして、こちらが攻撃を受けたときは、DQNではなく、直接攻撃をしてきた子分に怒りを抱くために、問題を解決する最短のルートから外れてしまう」
「…………」
「子分を使ってくるイジメは、直接的であるとも言えるし、間接的であるとも言える。目の前でDQNのリーダーが、明らかに子分に命令を出しているのを見ているのならば、これは直接的なイジメとなるから、リーダーのみと交渉をして、1つめの条件をそろえていけばよい」
「…………」
「DQNのリーダーが、子分に命令しているところを見てはいないが、そう感じられるという状態であれば、それは間接的なイジメだから、集団無視のときと同じ要領で、自分の見解を信じ、果断さを発揮して『強力行使』をしていく」
「…………」
「いずれにせよ、イジメの解決に行き着くためのゴールは、DQNリーダー格への『強力行使』を目指す以外にはない。『強力行使』は絶対にやってはいけないことだが、最終的には、『強力行使』もあることを見据えておかなければ、DQNを追っ払うことはできない。武力をもっていればこそ、敵から身を守れるのだ。残念なことだけれど、これ以外に解決できる頭の良い方法があるのなら、世界中で戦争など起こっていないだろうと私は思う……」
こうして、広遠さんは一通り話し終えると、
「おっと、もうこんな時間だ……ずいぶん話し込んでしまったから、遅くなってしまったね……」
と、時計を見て言った。
時計の針は、もう午前0時に近づいてきている。
それから広遠さんは、残している仕事があるというような話をして、
「もう帰らないとね。倉打君も、気をつけて帰るんだよ。じゃあね」
と、革のカバンを抱えてから、先にこの休憩所を出ていった。
ドアの向こうで、広遠さんと誰かとが話している声が聞こえてくる。
休憩をしにきた夜勤の人と、ばったり出くわしたようだ。
ここは、僕がアルバイトにきている、工場の休憩室なのである。
僕は、いったん隣のロッカールームで荷物をまとめにいって、再びこの休憩所に戻ると、夜勤の人から、
「あれ、倉打君もまだ帰ってなかったのか」
と、声をかけられた。
「はい。広遠さんと話をしていたんで」
「倉打君だったのか、遥名(はるな)さんが長話をしていたという相手は」
「遥名さんって言うのは、広遠さんのことですか?」
「そうそう。広遠遥名(ひろとおはるな)って名前なんだよ、あの人は。それでみんな遥名さんって呼んでるんだ。女みたいな名前だろう」
「あの人は、ここで何の仕事をしてるんですか? いつもスーツを着ているし、たまにしか見かけませんけど」
「遥名さんは、うちの会社の人間じゃないよ」
「え、そうなんですか……」
この人から聞いた話では、広遠さんは、この工場に経営コンサルタントとして招かれている人ということらしい。
年齢は30代半ば。元々は、都心にあるコンサルタント会社で働いていたが、そこでキャリアを積んでからは、今は独立して、自分で会社の経営をしているということだった。

 

14 未歩ちゃん

広遠(ひろとお)が自分の事務所に戻ったのは、もう午前1時ごろだった。
そんな時間でも、空腹にはあらがい難かったようで、なじみの定食屋まで遅い夕飯を食べに行くことにした。
その店は24時間営業していて、事務所から歩いて行ける距離にあるため、広遠は普段からちょくちょく利用しているのだ。

広遠の事務所から、国道沿いにあるその定食屋まで行くには、ちょっとした田んぼや畑に囲まれた中にある、農道を抜けて行くのが近道だった。
所々に水たまりがある足場の悪い小道を、広遠遥名(ひろとおはるな)は月明かりを頼りに歩いて行く。

客が誰もいない店内に入って、カウンター席に座りメニューを広げる。
奥からでてきた店員の若い女の子が、
「こんばんわ」
と、お茶を出してくれた。
「あれ、未歩ちゃん」
行きつけの店なので、この子とは顔見知りになっているのだ。
しかし普段は、昼間に見かける子だった。

「そうか。もう高校を卒業したから、こんな時間にも働けるようになったんだ」
「そうなんですよ」
と、未歩ちゃん。
今は保育士になるために、短大に通っているのだと言う。
「何時まで働くの?」
「朝の6時までです。8時間働くんですよ。人が足りてないんで、この前は10時間も働いたんです!」
不規則なシフトを組んでいるようだが、それにしても、この大学生は無邪気なもので、長時間勤務をなんだかうれしそうに話している。
「えらく頑張るんだね」
そんな会話をはさみながら食事を注文して、ふと厨房のほうに目をやると、未歩ちゃんの他に、店員は、年輩の女性が一人いるだけだった。
「あれ、今日は女の人だけ?」
「そうなんです」
「危ないよ。……もし強盗が来たらどうするの?」
こう尋ねてみると、うーん……という感じで、答えを持っていない。
「もしそうなった時は、お金は明け渡すんだよ。お金なんか後からでも取り返しがつくからね」
深夜に女の店員しかいないというのは、たとえたまたま今日に限ってはの話だったにせよ、どう考えても不用心だ。

しばらくして、未歩ちゃんが注文した定食を運んできてくれた。
「家はどこなの?」
気になって聞くと、すぐそこという感じで、壁の向こうをちょこんと指さした。
広遠の事務所と同じ方角だ。
「この近くだったんだ。じゃあ、そこのあぜ道を通って来ているんだね」
「そうです」
「あの道も、危ないよね。夜は人通りがほとんどないから。……そんな場所で、見知らぬ男から声をかけられたら、無視して早くその場を去らないといけないよ。そしてもし、襲われそうになった場合は、大声をだして助けを求めるんだよ」
「そうですね……」
「そして万が一だけど、暴漢に体をつかまれたり襲われてしまってからは、――相手の目を突くんだ。素早く強いめに。ペンがあれば一番いい。そしたら暴漢は、病院に行くことが先決になって、未歩ちゃんを襲うどころではなくなるから」
未歩ちゃんはぞっとした顔色を浮かべている。
「これは、僕でもそうするよ。身元が分からない者から因縁をつけられたとき、周りに助けてくれる人がいなかったり、相手の体が大きいときは、身を守る術は限定されるからね。殺されてしまうような事件だって実際にあるし。もちろん暴漢が1人とは限らないから、これをすれば、絶対助かるとまで言い切れるわけではないけど、何もしないよりかは、助かる可能性が上がるんだ。そしたら安全な場所に逃げてから、警察に通報するといい。暴漢が病院に行けば、そこから足がついて逮捕に結びつくかも知れない。問題は、これをするとこっちが悪人になるかも知れないことだ……」
「そんなこと、できませんよ……」
「だよね。一番いいのは、誰でも知っているように、危険な状況にならないように気をつけることだけど……今みたいに……、――こんな時間に働くのは、……自分から希望したの?」
「そうなるのかなぁ。……たまにはいいかなと思って」
「そうやって、色んな事情や偶然のせいで、リスクが高い状況になってしまうこともあるからね」
「そうですよね……」
「あと、目を突くのにどうしても抵抗があるときは、これだね」
と言って、広遠は自分の指をつかんで、反対に反らした。

「こういうことを誰にでも教えていると、人間のクズほど簡単にできてしまう。その上、クズは反撃されると、さも自分のほうが被害者であるかのように話を作り変えてくるから。何にせよクズは、隙あるところに近寄ってくるんだよ」
と、広遠はお節介を焼いて、
「……だから、気をつけるんだよ」
と、つけ加えておいた。

依然として、店内には他に客はいない。
広遠は食べ終わってからも、すこし未歩ちゃんと話をしていたが、折りのよいところでお代を払い、「じゃあ、またね」と告げて、店を後にした。

 

 

(第一章終わり)